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2019年4月28日日曜日

マセマの活用方法 → 修正テープが便利

訳あって昨年の終わりごろから学生の頃に取らなかった科目や、試験だけはこなした科目の勉強をし直している。

勉強するにあたり、良い教科書や参考書を探した所、マセマというのが評判が良かった。書店に見に行っても、広い面積を同シリーズが占めていた。

ということで、このシリーズの本を数冊購入したのだが、いざ勉強しようと読み始めて、自分にはこの参考書が使えないことが分かった。
分かった?~と考えればいいんだね。納得いった?~してみるつもりだ。エッ、~だって?分かりやすく親切に説明するからね。~と呼ばれるんだよ。
このような表現が頻出する。これが不快で読んでいられなくなってしまう。

捨てるしかないかと思っていたのだが、複数購入してしまったし、我慢して読むと書いてある内容自体は、解説自体は有用な所が多かった。そして私はこの状況を打破する答えに辿り着いた。

修正テープで不快感を覚える言葉遣いを隠すと、すぐに普通の参考書になることが分かった。これらを隠すことで意味が通らなくなると言ったことは全くなく、本当に無駄でしかない言葉だったといえる。



上記のMONO YXを購入して私は使用した。5mm幅で丁度よかった。修正箇所は多数あるが12m使えるのでまだ詰め替え用カートリッジは購入していない。

 

なぜ、不快になるのかと考えてみた。似たような表現をするものに家庭教師のトライが公開している高校物理のYouTubeの映像授業がある。トライでは講師が画面の向こうに語りかけつつ説明をしていて、その人柄に好感すら覚えるだが、マセマは嫌悪感しかない。なぜこのような違いが生まれるのかを考えると、トライは高校生向け、私が読んでいるマセマは大学生向け。今の時代は違うのかもしれないが、大学という所は生徒を子ども扱いしなかった。一人の自立した人間として扱い、教授ですら○○さんと呼び掛けてくれた。だがマセマは読者を子ども扱いしている。さらに、マセマは映像ではなく書籍でこれを行っている。違和感が大きい。また、書籍なので内容は全て確定しているのに、「~してみるつもりだ。」と不確定の事象のように記すこと、答えるはずのない読者に問いかけること、読者が持つ感想を勝手に予想して書くこと、これら全てが、不快でしかない。

マセマの本は改訂も多く行われるようなので、本来であれば、出版社の側でこの不快な体裁を直してもらうことが望ましいのだが、自衛手段としては、修正テープがあったことが不幸中の幸いである。

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